研究日記(R2.3)
31日(火)
・和歌山市のソメイヨシノの開花状況です。三分咲きくらいでしょうか。栄谷観音さんで撮影。
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30日(月)
・4月5日の本番を前に、舞囃子「胡蝶」、謡「俊寛」の最後の稽古がありました。舞囃子「胡蝶」については、ほぼ毎朝(早朝の人のいないときに)、大学内で自己練習をしているので、おおむね間違いなく舞えそうです。

29日(日)
・休みました。

28日(土)
・新型コロナウイルスの影響で和歌山大学の授業開始日が遅れるようです。

27日(金)
・能「敦盛」「志賀」に室町時代のことわざが出てきます。「勝るをも羨まざれ、劣るをも賤しむな」。来年に延期となったオリンピック・パラリンピックにも通ずることわざです。

26日(木)
・和歌山大学に「紀伊半島価値共創基幹」なる新組織ができるそうです。その名の通り、活動対象を紀南や和歌山県内にとどまらせず、奈良県吉野地域や三重県東紀州地域、大阪府南部も含めた活動にして頂きたいものです。

25日(水)
・卒業式が開催されました。ゼミの卒業生には記念写真集を渡しました。写真集に入れることができなかった、紀淡海峡に沈む夕陽の写真を掲載します。「紀の海や。波吹上の浦風に。波吹上の浦風に。跡遠ざかる沖つ舟。潮路程なく移り来て。よそに霞し島かげや。淡路潟にも着きにけり。淡路潟にも着きにけり」(能「淡路」)
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24日(火)
・能「善界(ぜがい)」に、弘法大師が修行した青竜寺(西安市)や、伝教大師が修行した天台山(浙江省)が出てきます。このような日中の歴史的つながりを踏まえた上での個人旅行が双方向で増えてくればと思います。

23日(月)
・和歌山大学の山桜が見頃になってきました。
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22日(日)
・休みました。

21日(土)
・能「雲雀山」「高野物狂」に関連する史跡などの調査で、橋本市と九度山町へ行きました。写真は橋本市恋野にある雲雀山の全景です。
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20日(金)
・ウグイスの鳴き声を聞きました。鳴き声は「初陽毎朝来、不遭還本栖(しょようまいちょうらい、ふそうげんぼんせい)」です。和歌に直すと、「初陽(はつはる)の、朝毎(あしたごと)には来れども、遭(あ)はでぞ還る、本の栖(すみか)に」です。生きとし生ける者、いづれも歌を詠むなり。(出典:能「白楽天」)

19日(木)
・「熊野外国人観光客交通対策推進協議会 幹事会」への出張の前後に、能「道成寺」に関連する史跡などを見て回りました。「道成寺」には「昔この所にまなごの荘司といふ者あり、かの者一人の息女を持つ」とあり、その女性(清姫)が熊野参詣に来た僧(安珍)に恋をして破れ、恨み、蛇の姿となって、道成寺の鐘に隠れた安珍を焼き殺し、日高川に入水します。写真はその清姫の生家跡(田辺市中辺路町真砂)です。清姫はこのような広い敷地を持つ良家(荘司=荘園の管理者)のお嬢様だったようです。
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18日(水)
・「熊野外国人観光客交通対策推進協議会 幹事会」がありました。この協議会は来年度より、聖地巡礼バスの協議会と統合の上、三重県の東紀州地域等も含む「紀伊半島外国人受入推進協議会(仮称)」へと広域化しさらに発展する方向になるようです。

17日(火)
・助成金を頂いている「地域研究」に丸一日を当てることができました。

16日(月)
・舞囃子「胡蝶」、謡曲「俊寛」の稽古がありました。次週の月曜日には本番前の申し合わせ(リハーサル)があります。

15日(日)
・休みました。

14日(土)
・ホワイトデーです。

13日(金)
・本日開催の「第4回 シームレスで使いやすい和歌山市公共交通体系の実現に向けた研究会」は、新型コロナウイルス対策のため、資料をメールで送ってご意見を頂く形での開催となりました。

12日(木)
・後期の入試がありました。

11日(水)
・株、原油、仮想通貨など、連動して急落してきています。株や仮想通貨の下落は、仕込み時という点ではチャンスなのですが、まだこの先どれだけ下がるのか予想できない状況のため静観しています。「落ちる剣はつかむな」という格言があります。

10日(火)
・今年は花粉が少ないようで、症状があまり出ていません。

9日(月)
・朝露に濡れる和歌山大学の教育学部前能舞台(?)で舞囃子の稽古をしました。濡れていたため足取り図のようなものができました。すり足しにくいのが難点ではありました。
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8日(日)
・休みました。

7日(土)
・奈良県吉野地域に入り、能「二人静」に出てくる川上村の蜻蛉の滝(西河(にじこう)の滝)、吉野町の菜摘川・桜木神社(桜木の宮)・神の宮滝と、「国栖」の舞台地である吉野町国栖、「田村」に出てくる高取町の子島寺を視察しました。桜木神社から国栖へ向かうコミュニティバスの運転手(もとタクシー運転手で、吉野地域の観光資源に詳しい)に伺ったところ、能や狂言の史跡巡りを目的に来られる人はほとんど無いとのことでした。

6日(金)
・協議会の件で田辺市との打合せがありました。

5日(木)
・観光学研究科の研究科会議、経済学部・経済学研究科のの教授会、研究科会議、人事教授会、研究会議と学内行事が目白押しでした。

4日(水)
・能の「自然居士(じねんこじ)」に、「そもそも舟の起こりを尋ぬるに、水上黄帝の御宇より事起こって、流れ貨狄が謀り事より出でたり。」とあります。「自然居士」によると、黄帝(古代中国の神話伝説時代の三皇五帝のひとり。紀元前2500年頃の帝)は、海を隔てたところにいる蚩尤という逆臣を攻めあぐねていた。そのとき家臣の貨狄が、池に浮かぶ柳の葉に乗った蜘蛛が風に吹き寄せられて陸へ上がるのを見て、舟を発案した。黄帝は舟で海をこぎ渡り、蚩尤を攻め滅ぼした。あくまでも伝説なのでしょうが、舟の起源のひとつの説を勉強することができました。
・能の「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」にも、柳の徳について触れる場面で同じ話が出てきます。「かの黄帝の貨狄が心、聞くや秋吹く風の音に、散り来る柳のひと葉の上に、蜘蛛(ちちう)の乗りて細蟹の、糸引き渡る姿より、たくみ出だせる舟の道、これも柳の徳ならずや」
・能「屋島」にも、「一葉万里の舟の道、ただ一帆の風に任す」と出てきます。舟を木の葉にたとえる表現は、上記の故事によるものです。

3日(火)
・ひな祭りらしい写真を掲載します。
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2日(月)
・事務作業で一日が終わってしまいました。

1日(日)
・休みました。