研究日記(R2.6)
30日(火)
・学部1年生向けの「基礎演習」の初回を予定していましたが暴風警報発令で中止となりました。

29日(月)
・遠隔授業の「交通システム論」は出席率がかなりいいです。

28日(日)
・休みました。

27日(土)
・引き続き調査です。写真は美しい御裳濯川です。
mimosuso







26日(金)
・能に登場する文化財等の調査で伊勢志摩に行きました。写真は能「御裳濯」に「石の鏡」と出てくる石鏡島です。もとは鏡の形をしていたのですが、台風や船の座礁で壊れてしまったそうです。
ijikaijika02





25日(木)
・発展演習が始まりました。今年の受講生は11人です。

24日(水)
・紀美野町へ調査に行きました。

23日(火)
・阪和自動車道和歌山IC〜和歌山北IC間の定点観測結果です。都道府県間移動自粛の解除を受け、写真のように通行台数が大幅に増えています。撮影ポイントは和歌山市府中の八幡神社です(八幡神社は、22日の写真「逆さ和泉山脈」に、小さく小さく写っています。山脈の中腹の白い点です)。
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22日(月)
・「逆さ和泉山脈」です。田植え直前の数日間しか見ることができません。
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21日(日)
・休みました。

20日(土)
・博士後期課程の授業「観光学方法論演習」を担当しました。

19日(金)
・連日の大雨で、通勤が大変です。

18日(木)
・和歌山大学栄谷キャンパス内ではヤマモモの実が食べ頃となりました(爽やかで美味しいのにほとんど誰も食べないのですが)。木によって実の大きさが全然違います。左はよく見かけるサイズ、真ん中は少し大きめの食べ頃サイズ、右はおそらくキャンパス内では最高級の特大サイズです。特大サイズのものは、3つ4つで喉の渇きが取れるほどの果汁量があります。意外にも小さめの木で、生えている場所は秘密です。
yamamomo









17日(水)
・晴れたので、今日しかないと思い立ち、久しぶりに現地調査を行いました。写真は、能「高野物狂(こうやものぐるい)」に出てくる壇上伽藍と三鈷の松(さんこのまつ)です。三鈷の松は、密教法具の三鈷のように、葉が3枚に分かれているという有り難い松です。弘法大師が唐から帰国される際、中国の明州(いまの寧波)の港から日本に向けて三鈷を投げたところ、この松にかかっていた(1300kmくらい飛んだわけですね。。。)のが縁で高野山が開かれたのだとか。
sankomatsu






16日(火)
・オンラインのゼミナールが連続する日です。コメントもしやすく、資料の共有もしやすく、ゼミナール終了後も引き続いて議論できる。本日の3年生たちはゼミ終了後もかなり長時間、音声で自発的に議論していたようです。

15日(月)
・土曜、日曜などの空き時間に少しずつナレーションをつけていけば、知らない間にオンライン講義用のパワーポイントファイルがかなり出来上がってしまっています。あとは時間になれば流して質問を受けるだけ。その点は楽です。

14日(日)
・休みました。

13日(土)
・「正確な史実の古蹟だけ辿っていては、味もそっけもない僅かの骨格だけ残るに過ぎず、伝説の肉や皮がついてこそ、情趣溢るる夢幻の古蹟が豊富に辿れるのである」(木本誠二(1983)『謡曲ゆかりの古蹟大成 三』p.101)。木本さんは東京大学医学部の胸部外科教室の初代教授で、多忙を極めたであろう本業の傍ら、何千箇所に及ぶ能関連史跡を訪れ、非常に鮮明なカラー・白黒写真を何万枚と撮影され、成果を全5巻セットの豪華本『謡曲ゆかりの古蹟大成』(定価9万円!)としてまとめられました。交通網が今ほどは発達しておらず、デジタルカメラもパソコンもない時代に、本当にすごい。

12日(金)
・今年度もプレゼミナール(発展演習)の応募者が定員をはるかに上回りました(倍率1.8倍)。人気順で上位5ゼミナールくらいには入っているのではないかと思います。学業成績(GPA)、希望理由書、映像付きのオンライン面接で選抜しました。

11日(木)
・会議の連続する日でした。管理・運営も大事な業務でしょうけれど、できればゆっくり研究させてもらいたいです。

10日(水)
・学会の研究発表に申込をしました。

9日(火)
・オンラインのゼミナールが連続する日です。

8日(月)
・観世流「敦盛」の稽古で、面の切り方を何度も教わりました。顔面を鋭く速く動かして、相手(熊谷次郎直実)を威嚇するのです。

7日(日)
・休みました。

6日(土)
・阪和自動車道和歌山IC〜和歌山北IC間の交通量の定点観測結果です。府県間移動自粛要請も6/1に解除され、この写真を見る限りは交通量が倍程度に増えてきています。
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5日(金)
・「わが本山を立ちい出て、分け行く末は紀の路がた、塩崎の浦をさし過ぎて、錦の浜の折々は」(能「安達原(黒塚)」)。ここに出てくる「塩崎の浦」とは潮岬のことで間違いないようですが、「錦の浜」とはどこでしょうか。佐成謙太郎『謡曲大観』は「塩崎の磯続きにあり、二色とも書く」として和歌山県串本町二色説を取っています。しかし小学館『謡曲集』と岩波書店『謡曲集』は、「紀伊半島の熊野灘に面した東海岸の地名」であるとして、三重県大紀町錦だと言っています。「わが本山」(那智山)から出てきた人が西へ歩いて潮岬を通り、わざわざくるっと180度東を向いて三重県方面へ歩いて行くことは考えにくいので、おそらく串本町二色説が正解でしょう。

4日(木)
・「これは紀の貫之にて候が。住吉玉津島に参り候」(能「蟻通」)。なぜ三十六歌仙の一人である紀貫之さんが「住吉玉津島」をセットでお参りされたかというと、住吉神社と玉津島神社が「和歌三神」つまり日本の三大歌神だからです(もう一社は柿本神社)。住吉神社と玉津島神社は南海本線の沿線にあり、日帰りでの周遊がしやすいです。新型コロナが落ち着いたあとの小旅行にはうってつけではないでしょうか。

3日(水)
・能の観世流208曲(謡曲百番集正・続に収録されているもの。翁と乱曲を除く)のうち、実に78曲に紀伊半島(紀ノ川流域〜櫛田川流域以南)に関する史跡や地名、特産物等が登場します。地道な作業の結果、ようやくこういった数字を示せるようになってきました。

2日(火)
・オンラインのゼミナールでした。「チャット」「音声」「映像」の中で、学生が一番議論しやすいのは「音声」のようです。これは個人的な意見ですが、指導時に「チャット」はとても有用です。研究報告に対するコメントを練った上で提示できる、指導内容が文字として残る(学生側も振り返りがしやすい)、参照すべき資料のURLの提示が簡単、映像や音声のように聞こえにくかったり乱れたりがない、映像や音声よりも気軽に発言できる、などいい点がたくさんあります。音声を主としながら、チャットも有効活用するのがいいでしょう。

1日(月)
・オンライン講義は、準備は大変ですが、学生との議論は対面型よりもはるかにしやすいです。